本書に収められたエッセイは、長屋和哉が二〇〇二年から二〇〇六年にかけてHP上で書いてきたエッセイの中からいくつかを選び、それらを大幅に改稿したものである。
そして、そのうちの三編(『ひとすじの川』『海をわたる帆船』『素晴らしき人生』)以外はすべて彼がその時期に出会った人々のことを題材にし、彼らの身の上に実際に起こった出来事について書いている。それらの出来事のうちのいくつかは、戦争や社会の崩壊などによってもたらされた過酷で厳しい現実の中で起こったことであり、私たちの日常からは想像すらできないほどの苦しみと悲しみに満ちている。
一方、残りの出来事については、うまく説明できる言葉を見つけることができない。それらの出来事はおよそ常識的ではなく、読む人によっては「作り話」としか思えないかも知れない。それらはごく普通の感覚では理解できないし、誤解を恐れずに言えば、超自然的な力の現われとしか呼びようのない何ものかである。
そして、その何ものかは、まるで夜に翔ぶ鳥のように私たちの視界を横切り、暗闇へと飛び去ってゆく。私たちはその鳥の羽音を聞いたが、あとに残るのはひどく不確かな面影だけである。
私たちは暗闇に目を凝らすが、そこには遠い木霊がかすかに響いているだけだ。
※ 読者からのコメント
長屋和哉氏は八ヶ岳在住の音楽家であり、
同時に、魂に深く沁みいる素晴らしい文章を書くひとでもあります。
私は何年にもわたって長屋氏が自身のサイトに綴るエッセイに魅せられてきました。
長屋氏の文章を読むたびに、遥かな八ヶ岳の暗闇の中でひとつの巨大な鐘が鳴り響くイメージが浮かんできます。
鐘の振動は夜の闇を震わせながら地表を巡り、その一波が私のいる場所にも到達して、魂を激しく共振させるのです。
読む者の世界観を変えてしまうほどの力を秘めた長屋氏の文章を一冊の書物としてじっくり堪能したい。
そう切望していた人間は、私以外にもたくさんいたようです!
このたび出版された『すべての美しい闇のために』には、サイトのエッセイ群の中から数編が、
より強く精錬され、大きな流れを持つかたちとなって収録されています。
最後に収められた、息をのむような一編『光の川にたどり着くまで』は
長屋氏の友人が焚き火のそばで語った人生の崩壊と再生の物語。
「彼」が地下鉄のホームで意識を失ったときにあらわれた幻視のようなヴィジョン。
その不可思議で圧倒的なヴィジョンは、長屋氏の言葉を通して読む者の脳にも流れ込んできます。
『すべての美しい闇のために』を読むという体験は、
私たちの次の一歩を虚空へ、絶対的な暗闇へと誘ってやみません。
日常生活の中で踏み出す何気ない一歩が、いきなり不可解な世界の裂け目へと
私たちを落下させる瞬間があるのだと。
世界の裂け目の奥に横たわる闇。
それはおそらく、光輝く大河となるであろうひとすじの細い源流が生まれる場所。 |